東京鋲螺協同組合

組合について

組合の沿革

現在の東京鋲螺協同組合の前身は、戦前創立の「東京鋲螺卸商業組合」と「東京鋲螺小売商組合」の二つの団体がその母体であり、ねじ専門商社としての分野の確立、相互協調により業界をまとめ、その機能を発揮し発展に寄与してきたが、戦時統制の強化、統制組合の発足等により一時解散した。

しかし、戦後に至り、業界の復興と再縞成の気運が盛り上がり、卸・小売を一丸とした「東日本鋲螺商業協同組合」を組合員60名をもって昭和22年創立した。
その後、我が国産業界の復興は著しいものがあり、時代の見通しも明るくなり、本来の目的であった資材配給の必要もなくなり、その目的を完了したので、「東日本鋲螺商業協同組合」は解散し、改めて昭和25年3月、任意団体としての「東京鋲螺同業組合」を組合員113名をもって設立した。
その間、役員および組合員の努力により、戦後に於ける我が国産業界の急速なる成長に、対処し得る基盤を確立すると共に、組合の運営、事業も順調なる発展を遂げた。

昭和29年には「全国鋲螺商業連合会」、昭和30年には「ねじ商工連盟」の結成に参画し、東京ねじ商業者団体としての向上に大きな貫献をもたらした。
ついで昭和34年、ねじ業界の発展と共に、現在の任意団体としての組合の活動も限界に達し、また組合員の増加と事業の多角化及び東京ねじ商業界の伸張を図る為にも、法的団体に改組する事こそ唯一の道であり、翌昭和35年5月、組合一丸となり結束を強化し、組合員153社を以て「東京鋲螺協同組合」を設立した。

これは全国ねじ商業界として初めての法的団体の結成であり、その注目を集めた。
東京ねじ商業界としても新たな歴史の第一歩をふみだしたのである。

昭和50年にはさきの「全国鋲螺商業連合会」を発展的解消し、東京、大阪、愛知、神奈川の4地区ねじ商業者の協同組合が団結して、「日本ねじ商業協同組合連合会」の創立に卒先参画、ここに法的団体としての全国組織の結成をみるに至った。

また、組合員の多年の宿願であった、組合の独立事務所である、東鋲会館を昭和51年3月、墨田区押上1丁目32番12号に建設、爾来今日まで、組合役員及び組合員一同の結束により、事業の積極的推進を図ると共に、各地区ねじ商業者団体との連繋、メーカー団体との協調により業界の発展に寄与、現在に至っている。

令和6年1月1日現在組合員総数139社である。

組合の組織・構成

組織図

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